大判例

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京都地方裁判所 昭和29年(カ)1号 判決

再審原告(本訴原告) 山本明弘

再審被告(本訴被告) 検察官

主文

原判決を取消す。

再審原告が本籍大阪市西成区桜通六丁目七番地亡古川辰雄の子であることを認知する。

本訴及び再審の各訴訟費用は全て再審被告の負担とする。

事実

再審原告訴訟代理人は主文第一、第二項同旨の判決を求め、その不服理由並に請求原因として、

一、再審原告の母訴外山本イトヱは訴外平田政吉の媒酌で昭和十九年二月二十日本籍大阪市西成区桜通六丁目七番地訴外亡古川辰雄と結婚式を挙げ呉市茆地町二丁目百七十番地で事実上の夫婦として同棲中再審原告を懐胎し、昭和二十年六月二十七日同人を出生、その名を明弘と名付けたもので、再審原告が戸籍の上で父の知れない子となつているのは当時辰雄、イトヱ両名の婚姻届がまだ為されて居らず、又辰雄は同年同月十七日以来応召従軍中であつたのでその帰還を待ち同人等の婚姻届をした上再審原告を右両名の嫡出子として出生届をする積りであつたところ、昭和二十一年四月十八日大阪地方世話部から辰雄が昭和二十年八月八日午後二時二分北鮮羅津方面で戦死した旨の公報を受けたので、やむなく原告を父の知れない子として出生届をすることになつたものであつて、再審原告が辰雄の子であることは明白である。

二、そこで再審原告は昭和二十七年二月京都地方裁判所へ検察官を被告として、再審原告が辰雄の子であることを認知する旨の訴を提起したが同年五月十三日右訴は法定(民法第七百八十七条所定)の出訴期間を徒過した不適法の訴であり然もその欠缺は最早これを補正し得ないものであるとして、右訴を却下する旨の判決言渡があり同判決は同年七月六日確定した。

三、ところがイトヱが昭和二十九年六月二十四日付毎日新聞の夕刊に掲載されていた、今次大戦で死亡した父を相手とする認知の訴は「認知の訴の特例に関する法律」によつて出訴期間が十年となつているから当分この訴を提起し得る旨の記事を見、同年七月三日大阪家庭裁判所家事調査官訴外蓑郁枝に尋ねた結果、認知の訴については昭和二十四年六月十日法律第二〇六号「認知の訴の特例に関する法律」が同日付で公布施行されて居り、同法によれば今次大戦に於いて戦死した者等について認知の訴を提起する場合には民法第七百八十七条但書の規定にかかわらず死亡の事実を知つた日から三年以内にすることが出来、又死亡の事実を知つた日がこの法律施行前であるときは右三年の期間はこの法律施行の日から起算する旨定められていることを教えられ、再審原告は同日始めて同人がさきに昭和二十七年二月京都地方裁判所へ提起した認知の訴は前記特例法の規定によつて適法であり、右特例法の点に関しては何等の判断もせず前記認知の訴を却下した原判決は民事訴訟法第四百二十条第一項第九号所定の判決に影響を及ぼすべき重要なる事項に付判断を遺脱したる場合に該当するものであることを知つた。

四、よつて再審原告は原判決の取消と再審原告の認知を求めたるため本訴に及んだ次第であると述べた。〈証拠省略〉

被告は適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、再審原告訴訟代理人に於いて、被告は準備手続において原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として再審原告の主張事実は全て不知、主張の再審事由は民事訴訟法第四百二十条第一項第九号に該当しないと述べた旨陳述した。

理由

一、先づ再審事由の存否について判断するに、再審原告が昭和二十七年二月八日京都地方裁判所へその主張の如き認知の訴を提起し、その口頭弁論に於いて訴状に基き右認知の訴訟に昭和二十四年六月十日法律第二〇六号「認知の特例に関する法律」が適用されるべきである旨主張したこと、及び右の訴に対し同年五月十三日原裁判所に於いて「子の親に対する認知の訴は父又は母の死亡の日から三年内に提起することを要するところ本訴は父たる古川辰雄の死亡の日から既に三ケ年以上を経過して提起せられたものであることは弁論の全趣旨によつて明かであり又この間管轄家庭裁判所に対し認知に関する調停若しくは審判の申立をしたこともないことは原告の自認するところであるから本訴は不適法な訴といわなければならない。しかもこの不適法の訴は最早その欠缺を補正し得ないものであるからこれを却下すべきもの」との理由で原告の訴を却下するとの判決言渡をなし、同判決が同年七月七日確定したことは本件記録上当裁判所に明なところである。そして右認定の事実によれば原判決が再審原告の主張した「認知の訴の特例に関する法律」の適用の点については何等言及することなく訴却下の判決をしたことが明かであるから原判決は「認知の訴の特例に関する法律」の適用の点に付いて判断を遺脱しているものというべく、しかも右判断の遺脱は判決に影響を及ぼすべき重要な事項に関するものであることが明かであるから原判決には再審事由があるものといわなければならない。

そして当裁判所が真正に成立したものと認める甲第七号証、証人稲葉実の証言に再審原告法定代理人山本イトヱの尋問の結果を合せ考えれば、再審原告は原判決確定後の昭和二十九年七月三日その主張の如き事情から始めて前段認定の再審事由を知つたものであることが認められるから同年同月二十一日提起せられた本件再審の訴は法定期間内に提起せられた適法のものであること明かである。

二、よつて進んで本案の請求について審究するに、公務員が職務上作成したものと認められるため真正に成立したものと推定される甲第一、第二号証、再審原告法定代理人山本イトヱ尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第五、第六、第八号証に証人山本まつゑの証言、右山本イトヱ尋問の結果を合せ考えると、再審原告はイトヱが昭和十九年二月二十日本籍大阪市西成区桜通六丁目七番地亡古川辰雄とその主張の如く結婚式を挙げ呉市茆地町二丁目百七十番地で事実上の夫婦として同棲中に懐胎され昭和二十年六月二十七日出生、その名を明弘と名付けられたものであり、再審原告が戸籍の上で父の知れない子となつているのは同人の出生当時父辰雄、母イトヱ間には未だ正式な婚姻届が為されて居らず又辰雄が昭和二十年六月十七日以来応召従軍中であつたのでその帰還を待つて同人等の婚姻届をした上再審原告を右両名の嫡出子として出生届をする積りであつたところ、昭和二十一年四月十八日その主張の如く辰雄戦死の公報に接したので嫡出子として届出ることをあきらめ、やむなく父の知れない子として出生届をしたことによるものであつて、再審原告が辰雄の子であることは明にこれを認めることが出来、又辰雄自身もこれを認めていたことを窺い知ることができる。

三、以上の次第によつて原判決の取消と再審原告が亡古川辰雄の子であることの認知を求める再審原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 鈴木辰行 島崎三郎)

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